雅治氏な日々

福山雅治サンのことと興味があることをツラツラと綴ってます。

2回目の『るろうに剣心 伝説の最期』


2回目の るろうに剣心 伝説の最期 を観て来ました。
今回は大ヒット舞台挨拶付きで、上映後に佐藤健くん
大友啓史監督が登場。
映画が始まる前は、終わったらお二方が出て来る〜とドキドキしていましたが、
映画が始まったらすっかり物語に集中してしまいました


特に先日の魂ラジに大友監督がゲストでいらっしゃった時に
比古清十郎という人物を演じるにあたってのマシャの言葉。
それを噛み締めながら観ていたので…
あっ、ちょっと大袈裟ですね



こう言う形での作品への参加の仕方は初めて。
ゲストともちょっと違う。
台本を読んだ時点でストーリーの中に
どういうふうに剣心が誕生して、どう生きて来て、
今後は、どう生きていくのかというキーマンになるので、
これはゲストじゃないなと。大事な役だな…これは。

いいよ、いいよ、なんて言いながら、
軽くやるもんではないなと最初から分かってましたけど、
どこに心を置こうかと、監督とも話をした。

基本的に出ている人すべて、人生上手く行ってない人しかいない。
この時代と言うものに翻弄される上手く自分の行ってない人生を
どうやって自分の理想の人生、自分が思う幸せって何なんだって
言うところに辿り着けるかとあがいている人たちの物語だと
受け止めて…。


その中で、(比古は)そこから大人ゆえに向き合わないで
ちょっと引いて山に籠っちゃってる。
その感じと、あともう一個、大事にしたいと思ったのが
剣心というものを生み出してしまった責任
この責任をいかに取るのかと言うことを思いながら。


このマシャが描いていた比古清十郎を思い起こしながら、
私は映画を観ていました。大友監督からは、

比古は自分のルールがある人。

他の連中は刀で表現せざるを得ない哀しい人たち。
それに比べて比古は自分でお酒を作って自分で器を作って
籠ってるけど、すごく豊かな人。
自分で作った器で自分が作った酒を呑んで
一子相伝の飛天御剣流を、あまりにも強いがゆえに
外に出ると誰かに利用されたり、加担してしまったり、
巻き込まれるのを防ぐために、自分でポジティブに
前向きに世界に籠ってるあり方がスゴい魅力的。

そのポジティブな大きさがちゃんと表現されていて…。
難しいところだったのに…。
剣心は(清十郎の)自分の子どもみたいなもの。
剣心への愛情を感じた。デリケートな感じがすごく伝わった。

ポジティブな引き籠もりをしている清十郎師匠だと言われると
また面白い見方が出来ました。

自分の子どもみたいな剣心に対し、
引導を渡してあげなくては、
それができなければオレ自身も死ななければ。

そんな風に言っていたマシャの言葉を思い出すと、
再会した弟子を鍛えあげ、大事なモノを気づかせてあげるシーンは
更にじ〜んとしてしまいます。


大友監督がおっしゃっていた刀を取り出しながら恐い比古
これ、本当に恐いと言うか…
マシャの…いえいえ、清十郎師匠の目がどんどん鋭くなって、
眼の色が変わると言うのはこう言う事かと思うほど、
見る見るうちに眼光が鋭くなって来るんです。
内面から出る恐さと言うか…本当に恐いですよ
顔がいつものマシャの顔とまったく別人に見えてしまいました。


明治って時代は甘くはないぞ。
だいたいは型にハマってしまうようなセリフだけど、
龍馬をやったマシャだからこそ重みを感じられて監督としては
ホクホクだったと言うこだわりのセリフ。
これもしっかりと意識しながら観て参りました。


清十郎師匠の コイコイ と言う手招きも、 アオゥ!と言う雄叫びも
ブルース・リーをオマージュしたと聞いてから観るとクスっとしちゃいます
今回は初日に見た時よりも更に深く物語に入り込めました


個人的には…剣心が幼少の頃に師匠と出逢う場面。
若い清十郎師匠 の姿にときめきます
なんかスゴくかっこいいんですよね

まだまだ見落としている事もあると思うので、また
観に行きたいなと思っています




今日の大ヒット御礼舞台挨拶の模様は、公式Twitterで
レポートしてくれています。
ちなみに私はTOHOシネマ日本橋にお邪魔しました。
司会の荘ちゃんが登場した時はビックリでしたが、
荘ちゃ〜んと言うかけ声が聞こえたので国民もいたみたいです(笑)





Post comment

管理者にだけ表示を許可する